『おじゃる丸』賛歌 TEXT:ゆき姫(1999/5/9)

 NHK教育で放送中のアニメ『おじゃる丸』は、もともとは『忍たま乱太郎』の後に続く子供番組枠なのだが、十分大人の鑑賞に堪えうるアニメである。『おじゃる丸』を観たたいていの大人は、「この内容は子供には理解できないのではないか?」というギモンを抱くようだが、ちょっと待ってほしい。ここでじっくり自分の子供時代のことを思い返してもらいたい。果たして子供は大人が考えるほど本当に“子供”なのか?

 人によって個人差はあるだろうが、子供というのは案外モノを考えているものである。子供にはよけいな知恵や経験がないぶん、想像力が自由に働く。そのうえ、財力や腕力がないぶん、よりアタマを使って自分の身の処し方を考えているのである。また、より野生に近い存在である彼らは、直感的に良いものを見抜く力もある。このような生き物に『おじゃる丸』の良さが分からないわけがないと私は考える。

 毎日をのんびりと、優雅に過ごし、疲れることは人まかせ。自分を愛してくれる人々、おいしいものと誠実な友に囲まれ、愛し、愛される人生。『おじゃる丸』のまったり感は本来人が求める究極の心地よさであるが故、これを不快に感じる人は希であろう。誰もがおじゃるの存在、おじゃるの生き方に憧れるのである。

 我侭で天衣無縫でありながら、なぜか憎まれず、愛されてしまう。それは何故か?私が思うに、それは彼のゆるぎない自我のせいである。彼はいつ何時でも自分を「やんごとなき雅なお子様」だと明言し、常にその態度をくずさない。たとえ相手が誰であっても、である。人間というものは弱い生き物で、つい気弱になったり、腰が引けてしまうこともあるものだが、おじゃる丸は常にゆるがない。かといって、いつも尊大でコナマイキなガキであるわけではない。人を思いやり、細やかな心情を理解し、人のために泣くこともできる子供なのである。だから、彼をとりまく人々も、根気強く彼の言動に付き合い、彼を受け入れ、おじゃる丸という個性を尊重しつつ共に成長してゆくことができる。

 『おじゃる丸』は子供には難しいなどと思うのは大人の驕慢である。果たして自分はそれほど“大人”なのか?子供はそれほど“子供”なのか?それを見つけるためにも是非『おじゃる丸』をご覧になることをお薦めしたい。『おじゃる丸』は大人にとっても、子供にとっても、良質な情操教育のテキストとなることであろう。


↑ゆき姫画・カズマ&おじゃる丸



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